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2015年03月16日

第2689問

【第2689問】
醍醐天皇の時代に菅原道真に対して引退を促した貴族は誰か。

ア、清原夏野  イ、三善清行  ウ、源能有  エ、藤原清貫

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【第2689問】

<解答>  イ、三善清行

<解説>  三善清行 ( みよしきよつら ) は漢詩文を得意とした正義感の強い貴族で、醍醐天皇に対して 『 意見封事十二ヶ条 』 を上奏した。菅原道真の急激な頭角により政界バランスが崩れていくのを目の当たりにし、 「 あなたはそろそろ引退した方がいい 」 と諭したと伝えられる。しかし、道真はこれをきかずに政界で活躍し続けたため、ついに藤原時平の讒言によって、大宰府に左遷されることとなった。道真の政変後は、清行が出世をしたことからその関与も疑われている。子供に祈祷僧で名高い浄蔵貴所がおり、貴所が活躍した一条戻り橋の逸話は、清行の葬儀の際に生まれたものである。
  清原夏野 ( きよはらのなつの ) は平安初期に活躍した貴族で、淳和天皇の時代には右大臣に出世した。 『 令義解 』 ( りょうのぎげ ) の編纂を行い、法金剛院の前身となる山荘を双ヶ岡に造営した。源能有 ( みなもとのよしあり ) は清和天皇、陽明天皇、宇多天皇の時代に活躍した貴族で、菅原道真とも仲が良かったか、道真が讒言にあう前に亡くなった。藤原清貫 ( ふじわらのきよつら ) は道真の失脚にかかわったとされる貴族で、大宰府にも道真の監視で赴いた。しかし、 「 清涼殿落雷事件 」 によって雷の直撃を受け、胸を裂かれて亡くなったことから、人々は道真の祟りにあったと噂した。(2級)

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