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2008年04月02日

第94問

【第94問】
著作 「 にぎはひ草 」 で桂離宮を記したのは誰か。

ア、角倉了以 イ、灰屋紹益 ウ、茶屋四郎次郎 エ、本阿弥光悦

↓ 解答はこちら

【第94問】

< 解答 >  イ、灰屋紹益

< 解説 >  京都の町衆の中でも、芸術や財力に豊かな力を持った人物を取り上げた。中でも角倉了以は先代より貿易なども手がけて財を築き、京都の市内に高瀬川を開いて、市内から大阪までをつなぎ、物資、交通の大動脈となった。
  灰屋紹益も同じく京都の豪商で、島原の吉野太夫を妻とし、芸術の分野にも深い関心を示した。 桂離宮の造営を完成に導いた智忠親王とも交流があり、著書 「 にぎわひ草 」 で当時の桂離宮の様子を記した。
  茶屋四郎次郎も貿易を手がけた京都の代表的な豪商で、徳川家康の信頼を得て、徳川家の呉服師も務めた。 また茶屋染の考案者とも伝えられる。
  本阿弥光悦は江戸初期の芸術家で、尾形光琳・乾山や俵屋宗達ら芸術家の中心的存在として多方面で活躍し、徳川家康から鷹峯に土地を与えられて芸術村を開いた。本阿弥家は本法寺が菩提寺で、光悦作の三つ巴の庭もある。



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