第2069問

きょうすけ

2013年07月01日 23:59

【第2069問】
東福寺や南禅寺を拠点に活躍した文英清韓はどこの住持を務めていたか。

ア、同聚院  イ、芬陀院  ウ、天得院  エ、光明院

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【第2069問】

<解答> ウ、天得院

<解説> 文英清韓 ( ぶんえいせいかん ) は、安土桃山時代から江戸初期の臨済宗の僧侶である。慶長5 ( 1600 ) 年に東福寺の長老となり、その後は南禅寺の長老も務めた。豊臣家からの信頼厚く、方広寺再建の際には梵鐘の銘文を起草したが、この内容に 「 国臣豊楽 」 の八文字が入っていたことを徳川家康から指摘され、この問題が 「 大坂の陣 」 の引き金となった。そのことから清韓は南禅寺の長老の座を追われ、住持を務めていた天得院は一時廃寺となった。その後、林羅山らのとりなしで許されたが、この問題の裏側には家康の側近として活躍した金地院崇伝との政治的対立があったとも噂される。
  藤原時代の不動明王を祀る同聚院 ( どうじゅいん ) は、東福寺第129世琴江令薫 ( きんこうれいこん ) によって創建され、 「 雪舟寺 」 と称される芬陀院 ( ふんだいん ) は、定山祖禅 ( じょうざんそぜん ) によって創建され、重森三玲作庭の庭園がある光明院は、金山明昶 ( きんざんめいしょう ) によって創建された。(2級)
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