2009年02月13日
第419問
【第419問】
次の組み合わせで誤っているものを選べ。
ア、宇多天皇 ― 菅原道真 イ、嵯峨天皇 ― 小野篁
ウ、白河天皇 ― 平忠盛 エ、後醍醐天皇 ― 源頼朝
↓解答はこちら
次の組み合わせで誤っているものを選べ。
ア、宇多天皇 ― 菅原道真 イ、嵯峨天皇 ― 小野篁
ウ、白河天皇 ― 平忠盛 エ、後醍醐天皇 ― 源頼朝
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【第419問】
<解答> エ、後醍醐天皇 ― 源頼朝
<解説> 時の帝と仕えた者の組み合わせを挙げた。後醍醐天皇に仕えたといえば、隠岐の島へ流罪となったときも付き従った千草忠顕が挙げられる。後醍醐天皇が行なった建武の新政において、結城親光、楠木正成、名和長年を合わせて 「 三木一草 」 と称された。( ちなみに名和長年は伯耆 ( ホウキ ) 守であったことから三木に入る 。)源頼朝は鎌倉幕府の創始者であり、時代が全く異なっている。
宇多天皇が藤原氏に対抗すべく登用した人物といえば菅原道真である。残念ながら宇多天皇は仁和寺で出家して法皇となり、後を継いだ醍醐天皇は左大臣藤原時平の讒言を信じて、道真を大宰府へ左遷したため藤原氏の権力巻き返しを招いた。嵯峨天皇に仕えていた小野篁は、夜は閻魔大王に仕えていたというミステリアスな人物でもある。大柄な体格で武芸にも秀で、学識は抜群で、嵯峨天皇がまだ日本に一つしかない 「 白氏文集 」 の中から、白居易の詩の一文字をわざと変えて小野篁に示すと、その一文字のみ添削して返したという逸話も残る。白河天皇は8歳の幼少であった堀河天皇に譲位して院政を行い、武家の棟梁であった平忠盛を登用して藤原氏に対抗した。(3級)
<解答> エ、後醍醐天皇 ― 源頼朝
<解説> 時の帝と仕えた者の組み合わせを挙げた。後醍醐天皇に仕えたといえば、隠岐の島へ流罪となったときも付き従った千草忠顕が挙げられる。後醍醐天皇が行なった建武の新政において、結城親光、楠木正成、名和長年を合わせて 「 三木一草 」 と称された。( ちなみに名和長年は伯耆 ( ホウキ ) 守であったことから三木に入る 。)源頼朝は鎌倉幕府の創始者であり、時代が全く異なっている。
宇多天皇が藤原氏に対抗すべく登用した人物といえば菅原道真である。残念ながら宇多天皇は仁和寺で出家して法皇となり、後を継いだ醍醐天皇は左大臣藤原時平の讒言を信じて、道真を大宰府へ左遷したため藤原氏の権力巻き返しを招いた。嵯峨天皇に仕えていた小野篁は、夜は閻魔大王に仕えていたというミステリアスな人物でもある。大柄な体格で武芸にも秀で、学識は抜群で、嵯峨天皇がまだ日本に一つしかない 「 白氏文集 」 の中から、白居易の詩の一文字をわざと変えて小野篁に示すと、その一文字のみ添削して返したという逸話も残る。白河天皇は8歳の幼少であった堀河天皇に譲位して院政を行い、武家の棟梁であった平忠盛を登用して藤原氏に対抗した。(3級)
Posted by きょうすけ at 12:00│Comments(0)
│歴史・史跡