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2008年09月27日

第280問

【第280問】
西院という地名の由来となった離宮を造営したのは誰か。

ア、 嵯峨天皇  イ、淳和天皇  ウ、清和天皇  エ、光孝天皇

↓ 解答はこちら

【第280問】

< 解答 >  イ、淳和天皇

< 解説 >  淳和天皇は第53代天皇で、嵯峨天皇の後に即位している。佐比 ( さひ ) 大路と四条通の交差する付近に造った離宮が、御所からみて西にあったため、西院と呼ばれるようになった。
嵯峨天皇は第52代天皇で、嵯峨御所を造営し、後に大覚寺となっている。清和天皇は、第56代目の天皇で、後にこの子孫に源頼朝らにつながる清和源氏が誕生している。光孝天皇は第58代目の天皇で、詩、和歌などに優れ、鷹狩りを復活させたり、相撲を奨励するなど、文化面での功績が残っている。晩年に慣れ親しんだ宇多に勅願寺を創建したいとの思いがあったが、果たせないまま崩御。その思いは宇多天皇によって引き継がれ、現在の仁和寺となっている。(2級)

<一言> 「 西院 」 は阪急電車では 「 さいいん 」 と読み、京福電車では 「 さい 」 と読む所が面白いですね。このあたり一帯は平安時代も後半にはいると荒れ果てたため、賽 ( さい ) の河原にたとえられたことから、「 さい 」 と読むようになったとも。

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