京つう

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2008年09月22日

第275問

【第275問】
京都の繁華街として賑わう新京極の生みの親といえば誰か。

ア、 岩倉具視  イ、長谷信篤  ウ、北垣国道  エ、槇村正直

↓ 解答はこちら

【第275問】

< 解答 >  エ、槇村正直

< 解説 >  槇村正直は明治初年、京都府参事の地位にあって、豊臣秀吉によって形成された寺町通の門前を接収して、南北に道路をつくり、一大繁華街 「 新京極 」 を作りあげた。他にも舎密局や女紅場、勧業場など大胆な政策を断行した。
そういった事業を、引き継ぎ発展させたのが、京都府第三代目知事であった北垣国道であった。特筆すべきは、明治18年に琵琶湖疏水計画を実行に移して5年後に完成させ、飲料水や工業用水への利用はもちろん、日本発の市街電車や水力発電などへ結実させた。幕末、倒幕派の公家の中心人物であった岩倉具視は、東京遷都によって京都が廃れることを憂い、京都の発展のために尽力した。特に明治17年の葵祭の再興には大きく貢献した。公家出身の長谷信篤は京都府の初代知事である。(3級)

<一言> かつて1級では槇村正直の政策を5つ書かせる問題がでましたね。

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