京つう

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2008年07月18日

第209問

【第209問】
京都の豪商、角倉了以によって高瀬川の開かれた当初の目的はどれか。

ア、 清水寺の再建  イ、伏見城の再建 ウ、御所の再建  エ、方広寺の再建

↓ 解答はこちら

【第209問】

< 解答 >  エ、方広寺の再建

< 解説 >  豊臣秀吉によって造られた方広寺は、すぐに地震で倒壊し、火災などもあって再建が必要となった。その際、材木などの資材の運搬の便宜を図るために、作られた運河が高瀬川であった。しかしながら、結果的には江戸時代の最後まで、京都の中心部から大坂へと結ぶ大動脈として機能をはたした。
 その管理を行った角倉家は、茶屋家や後藤家と並び、 「 京の三長者 」 と呼ばれた豪商で、初期開発費に莫大な財を投入したが、その後、同時に莫大な権利 ( 通行料収受 ) を持った。角倉了以の墓は子の素庵ともに、二尊院にある。(3級)

<一言> 角倉家は家康と結びつくことで財力を伸ばした、茶屋家、後藤家と違い、秀吉の代の時に、既に朱印船貿易で富を手にしていた。

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