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2016年10月25日

第3276問

【第3276問】
三十三間堂は創建されて一度焼失したが、誰の命によって再建されたか。

ア、後嵯峨天皇  イ、亀山天皇  ウ、後宇多天皇  エ、光厳天皇

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【第3276問】

<解答>  ア、後嵯峨天皇  

<解説>  三十三間堂は、長寛2 ( 1164 ) 年に後白河天皇の勅願によって平清盛が建立し、その後、建長元 ( 1249 ) 年の大火で本堂や本尊を焼失し、文永3 ( 1266 ) 年に後嵯峨天皇の命によって再建された。応仁の乱や戦国時代の兵火をくぐりぬけ、豊臣秀吉が京都を支配した時は、すぐ北側に建立された方広寺の千手堂となって保護された。秀吉亡き後は、方広寺とともに妙法院の管理下におかれて現在に至っている。
  亀山天皇は南禅寺の創建にかかわり、後宇多天皇は大覚寺を再興し、光厳天皇は常照皇寺の創建にかかわった。(2級)

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