京つう

  歴史・文化・祭り  |  洛中

新規登録ログインヘルプ


2016年09月29日

第3250問

【第3250問】
豊臣秀吉の実弟である豊臣秀長の墓がある寺院はどこか。

ア、大光院  イ、大慈院  ウ、聚光院  エ、三玄院

↓解答はこちら

【第3250問】

<解答>  ア、大光院  

<解説>  豊臣秀長は兄の秀吉の片腕として豊臣政権の要となり、軍事面、内政面で大きく貢献した。温厚な人柄で敵も少なく、武断派と文治派で内部抗争が激化してきた豊臣政権内でバランスシート的な役割を果たしていた。千利休と親交が深く、居城であった大和郡山城に利休を何度も招いており、秀長に仕えていた若き日の小堀遠州とも引き合わせている。家老として藤堂高虎を登用し、のちに徳川家に仕える高虎も、秀長を慕ってよく奉仕していた。秀長亡きあとは、養子の秀保がいたが、こちらも病死し、秀長の大和大納言家は途絶えてしまった。大光院はもともと秀保によって秀長の菩提を弔うために大和郡山に創建され、慶長元 ( 1596 ) 年に高虎によって大徳寺の山内に移されたと伝わる。以後も、伊勢の藤堂藩の援助もあって現在に至っている。
  その他の選択肢もすべて大徳寺の塔頭寺院である。大慈院には戦国最強の武将の一人として名高い立花宗茂や江戸前期の茶人である藤村庸軒の墓があり、聚光院には千利休をはじめとする三千家の墓があり、三玄院には石田三成、森忠政、茶人・藪内剣仲、古田織部の墓がある。(2級)

同じカテゴリー(神社・寺院)の記事画像
第2492問
第2329問
第2261問
第1784問
第1639問
第1634問
同じカテゴリー(神社・寺院)の記事
 第3321問 (2016-12-09 23:59)
 第3320問 (2016-12-08 23:59)
 第3317問 (2016-12-05 23:59)
 第3316問 (2016-12-04 23:59)
 第3315問 (2016-12-03 23:59)
 第3314問 (2016-12-02 23:59)

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。