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2016年08月28日

第3219問

【第3219問】
天台五箇室門跡のひとつである曼殊院の歴史に登場しない人物はだれか。

ア、是算国師  イ、忠尋大僧正  ウ、良尚法親王  エ、恒貞親王

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【第3219問】

<解答>  エ、恒貞親王  

<解説>  曼殊院は延暦年間 ( 728 ~ 806 ) 、伝教大師最澄により、鎮護国家の道場として比叡の西塔の地に創建されたのが起こり。その後、天暦年間 ( 947 ~ 957 ) 是算国師 ( ぜさんこくし ) のとき菅原家の出身であったことから、北野天満宮の初代別当職となり、以後明治維新まで北野別当職を歴任した。天仁年間 ( 1108 ~ 10 ) 、忠尋大僧正 ( ちゅうじんだいそうじょう ) が寺号を 「 曼殊院 」 と改めて北山に別院を建立し、明暦2 ( 1656 ) 年に桂離宮を造営した八条宮智仁親王の御子である良尚法親王 ( りょうしょうほっしんのう ) が入寺して、堂宇を現在の場所へ造営し、現在に至っている。
  恒貞親王 ( つねさだしんのう ) は仁明天皇の子で、大覚寺の初代住持となった人物である。(2級)

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