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2016年05月03日

第3102問

【第3102問】
現在宇治川にかかる観月橋はかつてどのように呼ばれていたか。

ア、豊後橋  イ、丹波橋  ウ、隠元橋  エ、直違橋

↓解答はこちら

【第3102問】

<解答>  ア、豊後橋

<解説>  現在、京都と奈良を結ぶ国道24号線が宇治川を横切る際に使用されている橋は観月橋と呼ばれ、かつてこの地域が観月の名所だったことを偲ばせている。豊臣秀吉が伏見に城下町を開いたときは、この橋は太閤堤から宇治川を横切って伏見へとつながる重要拠点とされた橋であり、豊後国の大名であった大友吉統 ( おおともよしむね ) の普請で架かったことから豊後橋と呼ばれていたという。当時は橋を南へ渡ると伏見城の支城の役割も果たしたとされる向島城があり、現在も向島本丸町や二の丸町など当時の名残を地名にとどめている。
  丹波橋 ( たんばばし ) は伏見に残る橋であり、地名や京阪電車、近鉄電車の駅名にもなっている。隠元橋 ( いんげんばし ) は宇治川に残る橋で、かつては中国から来日して黄檗宗を広めた隠元隆琦が架けたとされる。直違橋 ( すじかいばし ) は伏見にある橋で、伏見街道が七瀬川を横切る際に使われている橋である。街道と川が斜めに交差していることから名がついたという。(2級)

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