2016年03月19日
第3057問
【第3057問】
土佐派の最盛期を築き、足利義政にも重用された人物といえば誰か。
ア、土佐光起 イ、土佐光元 ウ、土佐光則 エ、土佐光信
↓解答はこちら
土佐派の最盛期を築き、足利義政にも重用された人物といえば誰か。
ア、土佐光起 イ、土佐光元 ウ、土佐光則 エ、土佐光信
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【第3057問】
<解答> エ、土佐光信
<解説> やまと絵など伝統的絵画を得意とした土佐派は、将軍義政の信頼をも得た土佐光信の時代に最盛期を迎え、絵所預として朝廷のみならず室町幕府の中でも重きをなした。しかし、その子の光茂の跡を継いだ土佐光元は、羽柴秀吉の但馬攻めに従軍して戦死し、棟梁をうしなった土佐派は一時衰退を余儀なくされる。その後は堺に避難していたが、土佐光則の代になって京都に戻り、その子の土佐光起は85年ぶりに絵所預に復帰し、光起は土佐派のみならず狩野派や琳派など他の流派を吸収しながら新しい土佐派を築きあげた。以後、土佐派は幕末までその命脈を保っていくのである。(2級)
<解答> エ、土佐光信
<解説> やまと絵など伝統的絵画を得意とした土佐派は、将軍義政の信頼をも得た土佐光信の時代に最盛期を迎え、絵所預として朝廷のみならず室町幕府の中でも重きをなした。しかし、その子の光茂の跡を継いだ土佐光元は、羽柴秀吉の但馬攻めに従軍して戦死し、棟梁をうしなった土佐派は一時衰退を余儀なくされる。その後は堺に避難していたが、土佐光則の代になって京都に戻り、その子の土佐光起は85年ぶりに絵所預に復帰し、光起は土佐派のみならず狩野派や琳派など他の流派を吸収しながら新しい土佐派を築きあげた。以後、土佐派は幕末までその命脈を保っていくのである。(2級)
Posted by きょうすけ at 23:59│Comments(0)
│建築・庭園・美術