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2016年01月27日

第3005問

【第3005問】
次のうち茶道の流れを正しく示しているのはどれか。

ア、村田珠光→武野紹鷗→千利休→千宗旦  イ、武野紹鷗→村田珠光→千利休→千宗旦
ウ、村田珠光→武野紹鷗→千宗旦→千利休  エ、武野紹鷗→村田珠光→千宗旦→千利休

↓解答はこちら

【第3005問】

<解答>  ア、村田珠光武野紹鷗千利休千宗旦

<解説>  茶を飲む風習は奈良時代に中国から渡来した。現在のような良質の茶は平安時代末に臨済宗を開いた栄西が宋 ( 中国 ) より茶種を持ち帰り、明恵が栂尾の高山寺で栽培を始め、宇治などへと広まった。室町時代末、村田珠光 ( むらたじゅこう ) は禅の精神を取り入れた草庵の茶を始め、その後、武野紹鷗 ( たけのじょうおう ) によってより簡素化したわび茶が始められ、安土桃山時代に千利休によってわび茶は大成された。
  千利休は大永2 ( 1522 ) 年に大坂・堺に生まれ、大徳寺で禅を学び、武野紹鷗からわび茶を習得した。織田信長、豊臣秀吉に茶頭 ( 茶の師匠 = 茶匠 ) として仕えて天下一の茶匠となったが、天正19 ( 1591 ) 年、豊臣秀吉の怒りに触れて切腹させられた。千利休を祖とする茶道の家元は、表千家、裏千家、武者小路千家で総称して三千家といい、千利休の孫にあたる千宗旦 ( せんのそうたん ) が3人の息子にそれぞれの家を興させて確立した。各家元には代表的な茶室として、表千家の不審庵、裏千家の今日庵、武者小路千家の官休庵がある。(3級)


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