2015年11月03日
第2920問
【第2920問】
藤原定家が56年にわたって書き続けた日記はどれか。
ア、御堂関白記 イ、十六夜日記 ウ、蜻蛉日記 エ、明月記
↓解答はこちら
藤原定家が56年にわたって書き続けた日記はどれか。
ア、御堂関白記 イ、十六夜日記 ウ、蜻蛉日記 エ、明月記
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【第2920問】
<解答> エ、明月記
<解説> 藤原定家は鎌倉初期の歌人で、父は 『 千載和歌集 』 を編纂した歌人藤原俊成である。幼少の頃から父に歌の指導を受け、また西行法師や平忠度らと親交を持ち、天性の歌才に磨きをかけた。16歳で初めて歌合に参加し、源氏が挙兵し源平の争乱が勃発した1180年 ( 18歳 ) から日記 『 明月記 』 を73歳まで56年にわたって書き続けた。
『 御堂関白記 』 は藤原道長の日記であり、 『 十六夜日記 』 の阿仏尼の日記であり、 『 蜻蛉日記』 は右大将道綱の母の日記である。(2級)
<解答> エ、明月記
<解説> 藤原定家は鎌倉初期の歌人で、父は 『 千載和歌集 』 を編纂した歌人藤原俊成である。幼少の頃から父に歌の指導を受け、また西行法師や平忠度らと親交を持ち、天性の歌才に磨きをかけた。16歳で初めて歌合に参加し、源氏が挙兵し源平の争乱が勃発した1180年 ( 18歳 ) から日記 『 明月記 』 を73歳まで56年にわたって書き続けた。
『 御堂関白記 』 は藤原道長の日記であり、 『 十六夜日記 』 の阿仏尼の日記であり、 『 蜻蛉日記』 は右大将道綱の母の日記である。(2級)
Posted by きょうすけ at 21:00│Comments(0)
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