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2015年11月01日

第2918問

【第2918問】
蛤御門の変で、長州藩を率いて御所突入を試み、銃弾に倒れた人物は誰か。

ア、高杉晋作  イ、吉田稔麿  ウ、真木和泉  エ、来島又兵衛

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【第2918問】

<解答>  エ、来島又兵衛

<解説>  元治元 ( 1864 ) 年7月、前年の 「 八月十八日の政変 」 で御所から一掃された長州藩が、勢力の挽回を狙って京都に兵を進め、京都御所を守る会津・薩摩・桑名藩らと蛤御門付近で激戦となった。戦意旺盛な長州藩は一時優位に立つが、薩摩藩の反撃にあって、遊撃隊の総督・来島又兵衛 ( きじままたべえ ) が銃弾に倒れると一気に形勢が不利となって敗走した。その際、藩邸に火を放って立ち去ったことから市内は 「 どんどん焼け 」 と呼ばれる大火事になり焼け野原となった。また幕府は御所へ向かって発砲した長州藩を朝敵とし、長州征伐へと向かった。
  高杉晋作は奇兵隊を率いて、長州藩を再び討幕路線へと導いたが、維新前に病に倒れた。吉田稔麿は長州藩のリーダーの一人として将来を嘱望されたが、池田屋事変の犠牲となった。真木和泉は蛤御門の変で敗走し、天王山にて自刃した。(3級)

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Posted by きょうすけ at 23:59│Comments(0)歴史・史跡
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