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2015年06月18日

第2783問

【第2783問】
関ヶ原の戦いの前哨戦となった伏見城の戦いで、城代として壮絶な最期を遂げた德川方の武将は誰か。

ア、穴山梅雪  イ、鳥居元忠  ウ、板倉勝重  エ、石川丈山

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【第2783問】

<解答>  イ、鳥居元忠

<解説>  鳥居元忠は徳川家康の今川人質時代からの忠臣で、家康の関東移封の際には下総国矢作に4万石の城主として配置されていた。しかし、慶長5 ( 1600 ) 年の関ヶ原の戦いの直前に、伏見城に入城して城の守備を任された。予想通り、家康が上杉征伐をおこなった間隙をぬって挙兵した西軍によって伏見城は包囲されたが、1800の兵で4万の軍勢を10日以上にわたって足止めにして最後まで戦い抜き、残った380余名ともども自刃するという壮絶な最期を遂げた。これによって、家臣にここまで忠義をつくさせたと家康の名声は高まった。三河武士の鑑と称された鳥居元忠の墓は、百萬遍知恩寺の墓地にある。
  穴山梅雪 ( あなやまばいせつ ) は旧武田家臣で、途中から家康に仕えていた武将である。本能寺の変に際して家康とともに堺にいたが、家康とは別ルートで逃走を図った結果、京田辺市飯岡にて夜盗の襲撃を受けて殺害された。板倉勝重は初代京都所司代として敏腕をふるった武士であり、石川丈山はかつて家康の側近として仕えたが、大坂の陣をきっかけに風雅の道を求め、晩年は詩仙堂を造って悠々自適の暮らしをした文人である。(2級)

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Posted by きょうすけ at 23:59│Comments(0)歴史・史跡
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