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2015年03月24日

第2697問

【第2697問】
「 御寺 」 と称される泉涌寺には誰の歌碑が立っているか。

ア、紫式部  イ、清少納言  ウ、小野小町  エ、待賢門院堀河

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【第2697問】

<解答>  イ、清少納言

<解説>  泉涌寺は平安初期に空海が草庵を結んで法輪寺とし、建保6 ( 1218 ) 年に、月輪大師が建物を造営した際に清泉が涌いたことから寺名を泉涌寺とし、鎌倉時代に四条天皇が葬られてからは歴代天皇の菩提所となった。創建については左大臣藤原緒嗣が関わったとする説もある。境内の清泉は現在も保存されており、その傍らに清少納言の 「 夜をこめて 鳥のそら音は はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ 」 という歌碑が立っている。清少納言と泉涌寺の関わりは、清少納言が仕えた中宮定子の墓が泉涌寺裏手にあり、晩年を迎えた清少納言が定子を慕ってこちらに隠棲したと伝えられている。
  『 源氏物語 』 の作者である紫式部が、 「 めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜半 ( よは ) の月かな 」 と詠んだ歌碑は廬山寺にあり、六歌仙の一人である小野小町が、 「 花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに 」 と詠んだ歌碑は隨心院にあり、西行法師とも親交のあった待賢門院堀河が、 「 ながからむ 心もしらず 黒髪の みだれて今朝は 物をこそ思へ 」 と詠んだ歌碑は法金剛院にある。(3級)

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