京つう

  歴史・文化・祭り  |  洛中

新規登録ログインヘルプ


2014年06月27日

第2428問

【第2428問】
伏見の花街である橦木町に、遊びに来たことを示す石碑が残っているのは誰か。

ア、近藤勇  イ、大石内蔵助  ウ、豊臣秀吉  エ、徳川家光

↓解答はこちら

【第2428問】

<解答>  イ、大石内蔵助

<解説> 竹田出雲の作品である 『 仮名手本忠臣蔵 』 には、大石蔵内助 ( 作品内では大星由良助 ) は、祇園の一力茶屋で遊んだと描かれている。しかし、史実では大石蔵内助が遊んだのは伏見の撞木町 ( しゅもくちょう ) であり、現在も撞木町には、かつてあった遊郭 「 よろづや 」 の石碑が残り、 「 大石良雄 ( 蔵内助 ) 遊興の地 」 と記されている。
  最後は伏見に拠点を置いた近藤勇ら新選組がよく遊んだのは、日本最初の公許遊郭である島原である。天下を統一した豊臣秀吉は、城下町伏見を整備し、その際に撞木町も誕生した。江戸幕府の三代将軍となった徳川家光は、上洛の際に伏見に立ち寄っており、伏見奉行所にて小堀遠州作の見事な庭園を見て、5000石の加増を遠州に与えている。(2級)

同じカテゴリー(歴史・史跡)の記事画像
第839問
第468問
第438問
第94問
同じカテゴリー(歴史・史跡)の記事
 第3309問 (2016-11-27 23:59)
 第3299問 (2016-11-17 23:59)
 第3298問 (2016-11-16 23:59)
 第3297問 (2016-11-15 23:59)
 第3292問 (2016-11-10 23:59)
 第3287問 (2016-11-05 23:59)

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。