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2014年02月19日

第2300問

【第2300問】
浄土宗の総本山である知恩院の説明について、誤っているのはどれか。

ア、知恩院は、承安5 ( 1175 ) 年、東山大谷の地に法然が建てた草庵に始まる。
イ、法然亡き後、文暦元 ( 1234 ) 年に弟子の熊谷直実が勢至堂を建てて本堂とした。
ウ、江戸時代に徳川家の菩提寺となり、徳川家康・秀忠・家光と三代に渡って保護を受けた。
エ、 「 知恩院七不思議 」 や、重さ70tもある巨大な梵鐘が吊られている鐘楼が見所である。

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【第2300問】

<解答> イ、法然亡き後、文暦元 ( 1234 ) 年に弟子の熊谷直実が勢至堂を建てて本堂とした

<解説> 知恩院は、承安5 ( 1175 ) 年、東山大谷の地に法然が建てた草庵に始まる。法然は43歳で開宗して80歳で没するまで、讃岐国 ( 香川県 ) に流罪となった時期や、比叡山宗徒の攻撃を受けた際など一時的に離れることはあったが、基本的にはこの地で布教活動を行った。法然亡き後、文暦元 ( 1234 ) 年に弟子の源智 ( げんち ) が勢至堂を建てて本堂とし、華頂山知恩教院大谷寺と号した。また大永3 ( 1523 ) 年に正親町天皇の綸旨よって浄土宗の総本山となった。その後、永享3 ( 1431 ) 年の火災や応仁の乱の戦火に巻き込まれて焼失するものの、その都度復興された。江戸時代に徳川家の菩提寺となり、徳川家康・秀忠・家光と三代に渡って大きな保護を受け、御影堂 ( 国宝 ) や三門 ( 国宝 ) などの巨大な建造物が次々と再建された。建造物以外の見どころは 「 知恩院七不思議 」 や、重さ70tもある巨大な梵鐘 ( 重要文化財 ) が吊られている鐘楼などがある
  誤りの語句となった熊谷直実 ( くまがやなおざね ) は、確かに法然の弟子であったが、知恩院の創建には直接関わってはおらず、直実自身は西山の粟生光明寺 ( あおのこうみょうじ ) の開山となっている。(3級)

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