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2013年12月13日

第2232問

【第2232問】
仙洞御所内にはかつて誰の邸宅跡があるか。

ア、鴨長明  イ、藤原定家  ウ、在原業平  エ、紀貫之

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【第2232問】

<解答> エ、紀貫之

<解説> 仙洞御所は、天皇を退かれた上皇が住まわれる場所のことを指し、現在の御所近くに造営されるようになったのは江戸初期の後水尾天皇の頃で、天皇と融和を図っていた幕府の指示によって小堀遠州らによって造営された。その後は霊元、中御門、桜町、後桜町と各上皇の住まいとなったが、建物は安政元(1854)年の火事以来再建されることはなく、後に造られた二つの茶室と、庭園のみ残される形で現在に至っている。庭園は大きくは南北に分かれており、北側に明治8 ( 1875 ) 年の建立された紀貫之邸跡碑が立つ。
  『 方丈記 』 を著した鴨長明は、生涯多く引っ越しをしたが、伏見の日野の山中に住んで執筆をしていたとされ、その場所には方丈石が置かれている。 『 小倉百人一首 』 を編纂した藤原定家の邸宅は、二条寺町上ル西側にあり、現在は石碑が立てられている。六歌仙の一人である在原業平は、吉田山の竹中稲荷神社付近に住んでいたことがあり、邸宅跡の石碑が残っている。(2級)

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