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2008年02月16日

第47問

【第47問】
嵯峨釈迦堂と呼ばれる清凉寺にはもともと誰の別荘があったか。

ア、西行法師 イ、深草少将 ウ、在原業平 エ、源融

↓ 解答はこちら

【第47問】

< 解答 >  エ、源融

< 解説 >  源融( みなもとのとおる )は嵯峨天皇の12番目の子にあたり大納言など歴任し、左大臣まで昇進した。紫式部の描いた光源氏のモデルともされる人物である。在原業平は伊勢物語の主人公とされた人物で桓武天皇の孫にあたる。晩年は西山の十輪寺に隠棲した。深草少将は小野小町との恋愛が「 百夜通い 」のエピソードに残る。伏見の深草、現在の欣浄寺 ( ごんじょうじ ) あたりに屋敷があったと伝わる。西行法師は諸国を行脚した歌人で、西山の花の寺として知られる勝持寺にて出家した。有名な 「 願わくば花の下にて春死なんその如月の望月のころ 」 という歌を詠んだ。

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