京つう

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2008年02月11日

第42問

【第42問】
豊臣秀吉政権下で進められた工事でないものはどれか。

ア、三条大橋 イ、聚楽第 ウ、高瀬川 エ、方広寺

↓ 解答はこちら

【第42問】

< 解答 >  ウ、高瀬川

< 解説 >  天正14(1586)年、太政大臣に任命された秀吉は大規模な都市改造に着手した。 政権の拠点となる、聚楽第を建設すると同時に、方広寺の大仏殿建造を開始し、その権力を不動のものとした。
 更に、東海道の起点になる三条大橋を架設し、京都の周囲を全長約23キロの御土居 ( おどい )で取り囲み、七口と呼ばれる七つの出入口を設けた。 町の区画整備も行い、現在の短冊形の京都の町並みはこの頃形作られた。 その町割りの便宜上、点在していた寺院は強制的に鴨川西に移され、寺町通、寺ノ内通に見られる寺院街を形成した。
 秀吉の後、京都を支配した徳川家康も、引き続き町や寺院の整備、保護を行った。 また角倉了以は、倒壊した方広寺へ再建用の木材を運搬する目的で高瀬川を開削したが、結果的には江戸時代を通じで京都と大阪を結ぶ大動脈となっていった。この高瀬川開削時に、秀吉が行った秀次一族の惨殺の跡に建てたとされる墓石が見つかり、角倉了以はその菩提を弔うために瑞泉寺を建立した。





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