2012年07月21日
第1725問
【第1725問】
伏見稲荷大社を創建したの誰か。
ア、出雲氏 イ、高麗氏 ウ、八坂氏 エ、秦氏
↓解答はこちら
伏見稲荷大社を創建したの誰か。
ア、出雲氏 イ、高麗氏 ウ、八坂氏 エ、秦氏
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【第1725問】
<解答> エ、秦氏
<解説> 伏見稲荷大社は全国に約3万 ( 4万とも ) あるとされる稲荷神社の総本宮で、和銅4 ( 711 ) 年に秦氏の一族の有力者、秦伊呂具によって創建された。一説には秦伊呂具が餅を的にして矢を射ったところ、その餅が白鳥になって山の峰に飛んでいき、そこから稲が生えたので、イネナリからイナリという社名になったと伝わる。その後、空海が東寺の鎮守社として稲荷神を祀り、さらに歴代天皇の行幸とともに、民間にも広く信仰されるようになった。応仁の乱以降の中世では、神仏習合のもとで東寺との結びつきが強まり、東寺の末寺であった愛染寺が神宮寺として建立されて、社殿造営や修復、勧進、出開帳を管理していた。しかし、明治になって神仏分離令や廃仏毀釈によって、愛染寺や仏殿、仏像は廃され、現在は祭礼時の東寺神供だけが残っている。
出雲氏は、毘沙門堂の前身寺院である出雲寺の創建に関わったとも考えられている。高麗氏 ( こまし ) は、南山城に勢力を広げた豪族で、現在は高麗寺跡が残る。八坂氏は、八坂神社 ( 祇園社 ) を氏寺として創建したと伝えられている。(3級)
<解答> エ、秦氏
<解説> 伏見稲荷大社は全国に約3万 ( 4万とも ) あるとされる稲荷神社の総本宮で、和銅4 ( 711 ) 年に秦氏の一族の有力者、秦伊呂具によって創建された。一説には秦伊呂具が餅を的にして矢を射ったところ、その餅が白鳥になって山の峰に飛んでいき、そこから稲が生えたので、イネナリからイナリという社名になったと伝わる。その後、空海が東寺の鎮守社として稲荷神を祀り、さらに歴代天皇の行幸とともに、民間にも広く信仰されるようになった。応仁の乱以降の中世では、神仏習合のもとで東寺との結びつきが強まり、東寺の末寺であった愛染寺が神宮寺として建立されて、社殿造営や修復、勧進、出開帳を管理していた。しかし、明治になって神仏分離令や廃仏毀釈によって、愛染寺や仏殿、仏像は廃され、現在は祭礼時の東寺神供だけが残っている。
出雲氏は、毘沙門堂の前身寺院である出雲寺の創建に関わったとも考えられている。高麗氏 ( こまし ) は、南山城に勢力を広げた豪族で、現在は高麗寺跡が残る。八坂氏は、八坂神社 ( 祇園社 ) を氏寺として創建したと伝えられている。(3級)
Posted by きょうすけ at 23:59│Comments(0)
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