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2011年09月27日

第1425問

【第1425問】
金戒光明寺に 「 金戒 」 の文字を与えたのはどの天皇か。

ア、霊元天皇  イ、後光厳天皇  ウ、高倉天皇  エ、後陽成天皇

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【第1425問】

<解答> イ、後光厳天皇

<解説> 金戒光明寺は、比叡山を下りた法然上人が、承安5 ( 1175 ) 年に念仏道場を開いたのが起こりである。法然の亡くなった後に、紫雲山光明寺となり、後光厳天皇から 「 金戒 」 の文字を賜って現在の名前となった。寺院の伽藍は応仁の乱以降、度々火災で焼失したがその都度復興し、幕末には京都守護職を任命された会津藩が1000余名の藩兵を率いて入洛し、こちらに本陣を構えた。
 霊元天皇の御宸筆の 「 華頂山 」 の額は知恩院の三門に掲げられており、高倉天皇は因幡薬師に対して平等寺と命名し、後陽成天皇は大雲院を勅願寺とし、 「 大雲院 」 の勅額を贈った。

<追記> 2011年9月現在、金戒光明寺の山門は修復に入ったため、桜上正面に掲げられていた後小松天皇宸筆の 「 浄土真宗最初門 」 の勅額は、御影堂内に移されて間近で拝観できる。

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