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2011年05月13日

第1289問

【第1289問】
蓮華寺の庭園の作者とされているのは誰か。

ア、小堀遠州  イ、金森宗和  ウ、本阿弥光悦  エ、石川丈山

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【第1289問】

<解答> エ、石川丈山

<解説> 蓮華寺は、前身は西来院という時宗の寺院で、現在の京都駅付近にあったと伝わり、一時応仁の乱で荒廃したが、寛文2 ( 1662 ) 年に、加賀藩家老今枝民部近義 ( いまえだみんぶちかよし ) が祖父の重直 ( しげなお ) の菩提を弔うために現在地に移して再興した。その際、詩仙堂を開いた石川丈山や絵師の狩野探幽、儒学者の木下順庵、黄檗宗を開いた隠元隆琦など当時一流の文化人が作庭に協力したと伝わる。
小堀遠州の作庭として、確実であり有名なものとしては、南禅寺金地院が挙げられる。他にも、二条城や南禅寺、正伝寺、孤篷庵など多くの庭園を手掛けた。江戸時代の茶人として知られる金森宗和は、三千院の池泉鑑賞式の庭園・聚碧園 ( しゅうへきえん ) を造営したとされる。本阿弥光悦は菩提寺であった本法寺の庭園を作庭し、 「 巴の庭 」 と呼ばれている。

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Posted by きょうすけ at 23:59│Comments(0)神社・寺院
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