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2010年02月21日

第843問

【第843問】
東山にある法住寺は誰の御陵を守ってきたか。

ア、後醍醐天皇 イ、後鳥羽天皇 ウ、後白河天皇 エ、後水尾天皇

↓解答はこちら

【第843問】

<解答> ウ、後白河天皇

<解説>  後白河天皇は太政大臣藤原為光が建立した法住寺の跡地に、自らの御殿である法住寺殿を建立した。広大な敷地に南殿、西殿、北殿の三御所がつくられ、中心となった南殿の北側には、長寛2 ( 1164 ) 年に蓮華王院 ( 三十三間堂 ) が平清盛の寄進によって建立された。後白河天皇が崩御された後は、法住寺が江戸末期まで御陵を守り続け、明治になってから御陵は宮内庁管轄となった。
  後醍醐天皇の御陵は、自身が南朝を設立した場所である奈良県の吉野にある。後鳥羽天皇の御陵は、天皇の皇子が三千院の門主であった縁から大原三千院の北隣にある。江戸前期に修学院離宮を造営するなど、文化的才能をいかんなく発揮した後水尾天皇の御陵は、泉涌寺内の月輪陵にある。(3級)


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Posted by きょうすけ at 09:43│Comments(0)神社・寺院
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