京つう

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2009年06月28日

第554問

【第554問】
本能寺の変の際、信長の後継者であった織田信忠が泊まっていた寺院はどれか。

ア、妙蓮寺  イ、妙満寺  ウ、妙心寺  エ、妙覚寺

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【第554問】

<解答> エ、妙覚寺

<解説> 天正10 ( 1582 ) 年の未明、13000の兵を率いた明智軍が洛中へとなだれ込んできた。不意をつかれた信長は奮戦するものの衆寡敵せず、炎の中自刃した。この時、嫡男織田信忠は妙覚寺を宿所としていたが、こちらも明智軍に取り囲まれ、隣の二条御所に移って最後の合戦に及び、父同様に自刃した。現在の妙覚寺は、豊臣秀吉の命によって現在の場所へと移った。表門は聚楽第の裏門とも伝えられる。
  妙蓮寺は、日蓮宗を京都へ広めた日像 ( にちぞう ) 上人によって開かれた日蓮宗の大本山の一つ。十六羅漢の石庭や長谷川等伯の襖絵など見るべきものが多い。また妙蓮寺椿や芙蓉、御会式桜など自然も豊かである。妙満寺は日什 ( にちじゅう ) によって開かれた日蓮宗の大本山の一つである。堂内には安珍・清姫の鐘も祀られている。妙心寺は花園天皇の離宮であった場所に、関山慧玄 ( かんざんえげん ) が招かれて創建された臨済宗の名刹である。(2級)

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