京つう

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2009年06月27日

第553問

【第553問】
大石内蔵助が遊んだとされる元禄時代に全盛期を迎えた花街はどれか。

ア、三本木  イ、島原  ウ、上七軒  エ、撞木町

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【第553問】

<解答> エ、撞木町

<解説> 撞木町は伏見の北側に広がった花街で、現在も 「 大石良雄 ( 内蔵助 ) 遊興の地 よろづや 」 の石碑が建つ。後世に創作された仮名手本忠臣蔵では、大石内蔵助が遊興したのは 「 祇園一力茶屋 」 になってるが 史実ではない。
  三本木は、京都御苑の南西にあった花街である。こちらには幕末、名妓・幾松が活躍し長州藩の桂小五郎と恋仲となり、明治になってその婦人となった。島原は日本初の公認遊郭で、 「 二条柳町 」 から 「 六条三筋町 」 ( この頃、吉野太夫が活躍 ) 、そして現在の場所へ移転した。その移転の命令があまりにも急であったことから、同時代に九州で勃発していた 「 島原の乱 」 の混乱ぶりにかけて 「 島原 」 と呼ばれるようになった。上七軒は、豊臣秀吉によって日本で最初にお茶屋としての営業権を与えられた格式ある花街である。場所柄、西陣の旦那衆にも愛されて、現在に至っている。(2級)

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