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2009年06月25日

第551問

【第551問】
八瀬で逸話を残した人物でないのは誰か。

ア、大友皇子  イ、源義朝  ウ、後醍醐天皇  エ、秋元喬朝

↓解答はこちら

【第551問】

<解答> ア、大友皇子

<解説> 壬申の乱の戦いで、この地で背中に矢傷を負い、窯風呂で治したと伝わるのは大友皇子ではなく、大海人皇子 ( 後の天武天皇 ) である。このときの 「 矢背 」 から地名が 「 八瀬 」 になったとも伝えれる。
  源義朝が 「 平治の乱 」 に敗れて落ち延びる際に飛び越えたとされるのが、幅10メートル、高さ5メートルの巨岩 「 駒飛び石 」 である。また後醍醐天皇が足利尊氏に敗れてこの地を訪れたとき、八瀬の人々が輿を担ぎ、弓矢を取って護衛しながら比叡山に逃したとされ、以来地租の永代免除の綸旨を受けた。その後も、八瀬から選ばれた者が朝廷に出仕して天皇や上皇の御幸や、葬送の輿を担ぐこととなった。秋元喬朝は比叡山との間で起こった境界争いにおいて、八瀬の人にとって旧来の権利を守る判決をしたため村人に感謝され、祭神となって秋元神社が建立された。現在その感謝の思いは、 「 赦免地踊 」 という祭礼となって受け継がれている。(2級)

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