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2009年06月14日

第540問

【第540問】
金閣寺の住職であった鳳林承章が記した日記はどれか。

ア、明月記  イ、作庭記  ウ、隔蓂記  エ、槐記

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【第540問】

<解答> ウ、隔蓂記 

<解説> 修学院離宮に招かれた鹿苑寺の鳳林承章は、寛永12 ( 1635 ) 年より34年間にわたる日記 『 隔蓂記 ( かくめいき ) 』 の中で、下の茶屋の様子を驚きをもって描写している。寛永文化の担い手のひとりであり、後水尾天皇の宮廷サロンのメンバーであった鳳林承章のこの日記は、当時の政治文化を知る上で第一級の資料といえる。
  『 明月記 』 は、新古今和歌集や百人一首の編纂者であった藤原定家が、56年間に渡って詳細に記録した日記である。また 『 作庭記 』 は平安後期に書かれたもので、ここではじめて 「 枯山水 」 という言葉が使われている。作者は確定していないが、一説には藤原頼通の子である橘俊綱ではないかとされる。 『 槐記 ( かいき ) 』 は侍医山科道安が近衛予楽院の言動を記したもので、 『 隔蓂記 』 と同様に、修学院離宮の造営の様子についても述べている。(2級)

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