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2009年06月12日

第538問

【第538問】
坂本龍馬にかかわる事件として時代順に並んでいるのはどれか。

ア、亀山社中設立 → 薩長同盟 → 寺田屋騒動 → 大政奉還
イ、薩長同盟 → 寺田屋騒動 → 亀山社中設立 → 大政奉還
ウ、薩長同盟 → 亀山社中設立 → 大政奉還 → 寺田屋騒動
エ、亀山社中設立 → 寺田屋騒動 → 薩長同盟 → 大政奉還

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【第538問】

<解答> ア、亀山社中設立 → 薩長同盟 → 寺田屋騒動 → 大政奉還

<解説> 土佐出身の坂本龍馬は脱藩し、幕臣であった勝海舟の弟子となって、神戸海軍操練所の前身であった神戸海軍塾の塾頭を務めた。しかし、こちらの塾生が長州藩が起こした 「 禁門の変 」 に多数関っていたたために、海軍操練所は幕府の弾圧を受けて解散となった。そのため龍馬は次に薩摩を頼り、薩摩藩家老であった小松帯刀の援助によって、長崎にて亀山社中を組織し、物産・武器の貿易を行った。この貿易の力によって長州藩に武器を売ることに成功するなど、薩摩、長州両藩から一目置かれる存在となった龍馬は、盟友中岡慎太郎らが進めていた薩長同盟を一気に現実のものとした。そのため幕府から要注意人物として追っ手を差し向けられ、寺田屋にて危うく命を落とすところであったが、恋人であるお龍の機転もあり、薩摩藩に保護されて一時薩摩へ匿われた ( 寺田屋騒動 ) 。余談であるが、この時薩摩へお龍と向かい、霧島温泉など訪問したことから、俗にこれを日本初の新婚旅行と呼ぶこともある。薩摩で一時の安らぎを得た龍馬であったが、時代は倒幕へと急展開を見せていた。内乱を避けたい龍馬は、土佐藩の後藤象二郎を通じて大政奉還の建白書を土佐藩から奏上することに成功し、第15代将軍であった徳川慶喜もこれを受け入れた。龍馬はその後の新政府の構想まで練っていたが、近江屋にて中岡慎太郎と今後について話をしているところを、不意に何者かによって踏み込まれ、惜しくも暗殺された。(2級)

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